なにか新しいこと日記

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伊藤潤二コミック『人間失格』1巻を原作と読み比べる

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ジョヴァンナです。こんにちは!

『ビッグコミックオリジナル』で連載中の『人間失格』を読みました。太宰治が死の1か月前に完成させた自伝的小説を、マンガ家の伊藤潤二先生が大胆解釈によってマンガにした作品です。 

人間失格(1) (ビッグコミックス)

人間失格(1) (ビッグコミックス)

 

 私は原作を読まずにこちらを先に読んで、『人間失格』とはこんなにもホラーな話だったのか……とビックリしました。その後小説を読んで、なるほど!と思った。

これは凄い。小説自体うすら寒いような気迫に満ちた作品であるところ、細部まで忠実にマンガに描き起こしています。かと思えば、心理的な効果を高めるために大胆に脚色を加えているところもある。

青年誌ならではの性描写はなまめかしくも滑稽に演出され、普通の青年マンガのエロシーンとは一線を画しています。

2つを読み比べて、ただただ感動しました。

 

太宰ファンならば言いたいことは山ほどあるでしょうが、私は伊藤版から入ったホラーマニアとして、傑作の太鼓判を押したい!

現在連載中の作品ではありますが、1巻まで読んで原作と比べてみた感想をご紹介します。

ご注意:この先《ネタバレ》あります。

 

小説とマンガの違い

1.私小説なのか否か

原作は、作家の「私」が偶然入手した葉蔵という人物の手記を紹介する体で始まります。これは自伝的な小説ではあるものの、作家・太宰と主人公の人格とを区別するための演出でしょう。

一方、マンガの冒頭は1948年6月13日の玉川上水。太宰を思わせる風貌の作家と、「さっちゃん」と呼ばれる女性が抱き合って入水するシーンです。

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『人間失格』伊藤潤二・著(小学館) p8

死ぬのか、今度こそ死ぬのか……

『人間失格』伊藤潤二・著(小学館) p10

モノローグの中、水底に沈んでいく二人。そこから主人公・葉蔵の幼少時代の回想へとつながります。

ここに、まず大きな違いがあります。

小説では作家の「私」と主人とは別人として区別され、主人公は生死不詳のままに幕を閉じます。ところが、マンガでは葉蔵=太宰をモデルとした作家として容貌を似せて描かれています。自殺のディテールまで、Wikipediaに載っている本人のエピソードそっくり。

太宰治 - Wikipedia

読者は、太宰の自伝を読んでいるのかそれとも創作されたストーリーなのか惑わされてしまいます。

 

2.残虐シーンの追加

また、1巻で大きく違うのは第3話の後半(p74以降)の展開です。

同級生の自殺と下宿先での刃傷沙汰という2つの陰惨なエピソードが挟み込まれています。これは原作にはないオリジナルストーリーで、少年時代の葉蔵の冷酷さを浮き彫りにするものです。

自分の弱味を知る同級生は悪意を持って陥れ、下宿先の姉妹に対しては日和見主義でどちらにもいい顔をする。それでいて別に「人から好かれたい」というわけではありません。ただ、そのとき目の前にいる人の顔色を読んで、自己保身のために「こうしたら好まれるだろう」という行動を取っているだけなのです。

 

幼少から使用人に虐待されてきたことが、彼の心の闇をつくり出しているように思います。

虐待の恐怖が心に刷り込まれて、他人を信頼するということがない。自己保身のために浅はかな行動を繰り返して、他人への思いやりや愛情が根本的に欠落している。だからしばしば、人に対して残酷な態度を取るのです。気の毒な人だと思う。

 

3.性描写

葉蔵が性的な虐待を受けていたことは原作にもハッキリ書かれています。が、実際の性描写というのはほとんどありません。チャタレー事件が1950年。おそらくこのご時世では小説に詳しく性を書き出すことは許されなかったのでしょう。

一方、伊藤先生は巧みな表現によって性体験をビジュアライズしています。

少年葉蔵にのしかかってくる下男下女の顔つきは、おかめやひょっとこのような剽軽さがありながらも暗い影を背負っており不気味です。そのときの葉蔵はと言えば、うっすらと悲しい道化の笑みを浮かべている。なんともやりきれないシーンです。

 

こうした幼少期の体験が影を落としているのでしょう。この後様々な女性と交わっても葉蔵は、どこか憂いを帯びた表情でされるがままになっていることが多い。

ただひと夜、侘しいカフェの女給と抱き合った夜だけは、道化でも犠牲者でもない素顔のままの自分で幸福を味わえたことを述懐しています。そのシーンを、伊藤先生は、二匹のなめくじが絡み合ったような異形の姿に描いている。

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『人間失格』伊藤潤二・著(小学館) p149

幸福な性体験ですら、読者から見ればホラーでしかない。これはそんな哀しい作品なのです。

 

終わりに

『人間失格』は幼少期のトラウマによって人生を破壊された人間の悲哀を描いた作品であると、私は思う。(今更ですが、そうとは知らなかった。)

原作を私は青空文庫のKindleで読みました。ほとんど難しい単語もなく、スラスラ読めた。1948年の作品です。時代風俗こそ古いものの、人間の苦しみというのはほとんど変わっていない。葉蔵の内面の地獄や、長じてからアルコールや薬物を乱用して依存症に陥っていく様も現代人と何も変わらない。優れた文学作品は時代を越えて人の心に訴えると言いますが、まさにその通りでした。

 

原作は、Kindleのアプリをダウンロードすれば無料で読めます。こちらからどうぞ。

人間失格

人間失格

 

 

この作品ではトラウマや生き地獄を描いた人間心理が何よりもホラーであり、 伊藤潤二先生の作風と非常にマッチしていました。

 

原作の冒頭は

私は、その男の写真を三葉、みたことがある。

『人間失格』 太宰治・著

から始まり、主人公の幼年期・少年期・青年期それぞれの風貌を描写しています。葉蔵の生き様や内面の葛藤が顔に出ている様子を、作家の目で見つめ、歳月を経て残酷なまでに破壊され尽くした人生を暗示しているわけです。

ここから造形された伊藤先生のキャラクターデザインもまた見事でした。まさに太宰が書いた通り、生き方によって顔つきまでも変容していく様が恐ろしい。

 

集英社文庫では『DEAHT NOTE』『バクマン。』で人気を博した小畑健先生のジャケットが美しく、「中2病」感を醸していましたが『人間失格』は中2病どころの話ではなかったことを強調しておきたい。

人間失格 (集英社文庫)

人間失格 (集英社文庫)

 

 

今検索で見たら、古屋兎丸先生も10年前にコミカライズしていらっしゃったのですね。全3巻。

人間失格 1巻 (バンチコミックス)

人間失格 1巻 (バンチコミックス)

 

 これも合わせてチェックしなければ。