川越で、雨天と晴天の分かれ目を見た話

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川越の氷川神社では、毎年七夕の時期から2か月間「縁むすび風鈴」というイベントをやっている。彼と付き合い始めた夏、職場の後輩に薦められて2人で訪れた。

川越までは池袋から40分。小江戸と呼ばれ古い町並みが残る。恋人と観光するにはフォトジェニックでおもしろいところだ。1日飽きずに遊べるし食事できる店も多い。

ランチの後商店をのぞいてぶらぶらしていたら、彼が「お金を下ろしたいからコンビニに行こう」と言い出した。商店街の外れにファミリーマートの看板が見えた。

「あっちは雨だな」

行く手に黒い雨雲が見えた。道の彼方ではアスファルトが濡れている。よく見ると斜めに激しく雨の線が見えた。

一方、こちら側は乾いている。路面の乾いた部分と濡れた部分で遠目にも色が分かれているのが見てとれた。境界は手前に向かって走ってくる。向かってくる車のスピードより早く、追い越すようにして。

「急ごう」

コンビニまで走った。店内に入るや否や、道路や屋根を叩く雨音が聞こえてきた。

「すごい勢いだったね。あんなの初めて見た……」

「地元の警察署の前の坂でも、ああいうのを見るよ。地形なんだろうな」

「えっ、あんなふうに晴れと雨の分かれ目が見えるなんてこと、あるの」

「たまにあるよ」

しばらく店内に止まって待った。温かいコーヒーを飲んでいるうちに日が差してきて、傘を買うまでもなく、雨は通り過ぎた。

 

私……出かける日にはあまり雨が降ったりしないのに、彼といるときに限って、よく雨が降った。 

 

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バスで氷川神社に向かった。

この時期は短冊に縁結びの願い事を書いて風鈴に結びつけるのが名物となっている。

 

「なんて書こうか?」

「何かお願いしたいことがあって来たんだろう。それを書きなよ」

私は、ちょっと考えて「いつまでも二人で、手をつないで歩いて行けますように」と書いた。私の名前を添えて彼にも名前を書いてもらい、吊るされた風鈴に結びつけた。

それが私の精一杯だった。

彼とずっといっしょにいられたらいいんだけど……。そういうふうには書かなかったし、書けなかった。

 

また、雨が降ってきた。サーッと降ってきて、何組ものカップルが軒下に佇んで共に雨宿りした。

風が吹き過ぎていく。

境内の濡れた緑が美しかった。私は彼の横顔を無言で眺めた。少し、肌寒いくらい。

彼は、私との未来に願い事が一つもない人だという事実を、静かに胸の中で受け止めた。しんしんとさびしかった。

雨が上がるのを待って、私たちは帰った。

 

季節が巡って、冬。

彼の会社の近くで映画を見る約束をしていた。私は仕事が休みだったから、おしゃれして出かけた。

お酒を飲んで二人で映画館へ歩いていく途中、手をつなごうとしたら、彼から「職場の近くだから」と拒否された。その日はチームの飲み会があってそちらを断って来たので、見られたら気まずいということらしい。

私は大人しく引っ込めた。

映画が終わって外に出て、もういいだろうってつなごうとしたら、再び拒否された。

私はムッとして立ち止まった。

「もう会社の人はいないでしょ。不倫でもないのに、なんで見られたらいけないの?」

彼は黙って腕を貸そうとしたが、私は踵を返して去った。

この人は、私が神様に誓ったことをいっしょに守ろうとしない。不実な人だ。守る気がないのなら、なぜ約束したの?

駅の近くまで来たら、彼が追い付いて手を差し出した。

「ここまで来たら、もういいよ」

困った顔をしていた。私はまだ怒っていたのに、つい、その手を取ってしまった。

 

私は川越で、それから新橋で、彼の不実を二度知ったのだから、彼のことなんか置いて帰るべきだった。

三年目が来る前に、最大限の感謝を伝えて別れた。ありがとう、って言いながらボロボロ涙が出た。しゃくりあげるように泣いて、笑って、別れた。

 

できない約束はやさしい嘘だった。

でもね、私、嘘は要らないんだ。私が求めたのはただ一つ。手をつないでいっしょにいてくれることだけ。

 

これは、私小説である。

 

SPECIAL THANKS...

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