ジョヴァンナです。こんにちは!
『中国嫁日記』の井上純一さんが薦めるエッセイマンガを読んでみました。
第2位『淋しいのはアンタだけじゃない 』 吉本浩二
— 井上純一(希有馬) (@KEUMAYA) 2018年1月24日
佐村河内守さんが詐病か否かを突き止めるドキュメント? 違う! このマンガは「聴覚をマンガにする」という無謀に立ち向かった漫画家の物語だ! 売れてないと最終刊に書かれてるので、今からでも売れて欲しい https://t.co/pipDs6YD08
『淋しいのはアンタだけじゃない』 全3巻
吉本浩二・著 小学館/2016年〜
この作品のテーマは「聴覚」。作者のヨシモトさんが編集者と共に時に筆談で、時に手話通訳者を介して、難聴者や医師に取材し考えたことを、オムニバス的に記録しています。
中でも特に大きくページを割いているのは、2014年にゴーストライターによる代作が暴露されスキャンダルとなった、音楽家・佐村河内守さんの「聴力」について。
佐村河内さんは突発性難聴によって聴力を失ったものの、後に自然回復。横浜市による検査では50デシベル程度の聴力を認められ「中程度の難聴」と言われています。しかし、難聴とは個人差が大きいもの。本当はどのくらい聞こえているのか? 佐村河内さんご本人に取材して検査結果を見せてもらい、医師の評価も添えて考察している。迫真のドキュメンタリーです。
「聴力50デシベル」の困難さ
当時この騒動には関心がなかった私も、母が病気をきっかけに片耳難聴となったことで事情が変わりました。思えば、ここ数年取引しているお客様の中にも幾人か難聴の方がいらっしゃいます。
- 30デシベル以上「軽度難聴」
- 50〜60デシベル以上「中度難聴」
- 70以上「高度難聴」
上記のような説明が本の中に度々登場します。
私の実感としては、軽度難聴者相手でも日常会話に相当の支障を感じます。話しかける方向や周囲の騒音状態によっても聞き取りやすさは違うようです。50デシベル以上になると、正面からかなり大きな声で話しても聞き落としている音があると思う。
1巻・第7話に登場する松永さんは生まれつきの難聴で、補聴器をつけて50デシベル。障害者として認定される水準ではありません。しかし「1m先からだと皆が振り向くぐらいの大声で、耳元30cmまで近づけばなんとか聞こえるレベル」と本人は言います。
松永さんの話は、私が同じくらいの難聴の方と話すとき想像していた感覚とほぼ同じでした。また私の想像が及ばなかったところを埋めるお話もあって、参考になりました。例えば子音は聞き落としやすいとか、文脈からの類推で単語を察するのにラグが生じるとか、そういったお話です。
佐村河内さんも50デシベルということは相当に聞こえづらいだろうと、松永さんの頁に触れて一層思いました。
聴覚障害の認定基準は見直すべきではないでしょうか。
耳鳴り治療法を紹介
他にも、最新の耳鳴り治療に取り組んでいる宇都宮病院の新田清一先生・言語聴覚士の鈴木大介先生のチーム医療の紹介など、これは凄い!と興奮して読みました。(3巻第16話)耳鳴りに悩む患者さんにとって、宇都宮病院で行われている治療方法は画期的なものです。
かいつまんで説明すると、耳鳴りがある人のほとんどは難聴を伴っている。しかも耳鳴りが鳴っている周波数を調べると、ほとんどの場合は難聴を生じている音域と重なっているのだそうです。つまり耳鳴りとは、聞こえが弱い音域で脳が過剰に興奮し「音を感じ取ろう」とがんばることによって聞こえるのではないか。
そこで補聴器を調節して、聞こえが弱い部分に音が行き届くようにすると脳の過剰興奮がおさまり耳鳴りも小さくなっていく。そんな治療方法です。
私自身、時折耳鳴りを感じることがあります。いろいろ調べてもハッキリとしたメカニズムはわからなかったのに対して、新田先生の説は筋が通っているように思えました。
最後まで読んだ後、やはり耳鳴りと難聴に悩まされている母のためにもう1組紙の本を購入して実家に送りました。母も喜んで読んでいました。
今後研究が進み、有効な耳鳴り治療が全国に普及することを期待します。
マンガならではの「聴覚」表現
昔からマンガには、擬音語・擬態語を飾り文字によって表現する技法があります。これが難聴者にとって、音を理解する上で良い教材になるのだそうです。
それを聞いた作者は、さらに踏み込んだビジュアル表現を随所に仕掛けています。
例えば「耳鳴り」を可視化した場面。1巻p81/82の見開きにドーンと描かれたこの図を見たときの驚きは、ぜひ多くの方に味わって欲しい。あえて引用しないので、興味を持った方はぜひご自身でページを繰って確かめてみてください。
1巻の表紙にも、このシーンをシンボライズしたイラストが採用されています。女性のすぐ背後を飛行機がよぎる姿。これは、この女性が自分の耳鳴りを表現した言葉をイラストにしたものです。
また「音が歪んで聞こえる」「日本語に全くわからない外国語が混じる感覚」を表現したシーン。これも細かく工夫されていて、唸りました。
このようにマンガで見るからこそ難聴者の困難が健聴者にもイメージしやすく、劇的にわかりやすい作品となっています。これまでに知らずにいた難聴者の聞こえ方や耳鳴りの苦しみについて、一歩理解が進めば、その分だけ適切な対応ができるかもしれない。
もしそうでなくても、知ることはただそれだけでワンダーであり、楽しいことでもある。
ある人が耳から得た感覚を、目で見て追体験することができる。これはそんな作品です。