なにか新しいこと日記

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祖父からの最後のプレゼント

2020年8月某日。名古屋の祖父が亡くなった。90歳だった。
旅行好きで毎年海外旅行を楽しみ、80を過ぎても何度か娘を伴い旅行した。若い頃は自営業を営み、1代で3軒家を建てた自慢の祖父だ。
最後に建てた家は3階建てでエレベーターが付いている。祖母が大腿骨を折り認知症を患って施設に入るまで、このエレベーターが活躍したものだ。

この家で2年ほど、祖父はひとり暮らしをした。

昨年末から体調を崩すことが多くなり、あんなに食べることが好きだったのに胃腸を壊してものも食べられないというので、心配して見舞いに行った。
(このとき、病名は腸閉塞だった。)

 

名古屋セントラル病院で管につながれ、痩せ細った祖父は私を見るとニコーッと笑った。

顔を見せるだけで、こんなに喜んでくれるなんて……。
胸がいっぱいになった。

「おじいちゃん、直接ご報告しようと思ってたんですけど、私ね、今いっしょに暮らしてる人がいるんですよ。事実婚なんですけど。事実婚てわかりますか?」

電話や人伝ではややこしいので、この日、初めて祖父を始めとする近親者に近況を報告した。
後から聞いたところによると、結婚しない私のことを、みな口には出さないが心配していたらしい。

 

祖父は大層喜んで、言った。
「◯◯子とはねぇ、50年いっしょに仲良う暮らしたんだわ。幸せだったぁ」
施設で暮らす祖母のことである。
「ジョヴァンナちゃんも……仲良うやってな。わしは、もう、十分に生きた。寿命だわ……」
「そんなこと言わないで。また、元気になってください。また会いに来ますから」 

祖父との短い面会は、私の胸にあたたかいものを残した。

「妻と暮らした歳月が幸せだった、十分に生きた」と満足できるとは、なんて誇らしいことか。
そしてまた、長年連れ添った祖母と最後に離れて暮らすことになってしまったさびしさを言外に感じ、せつなくもあった。

 

今年に入ってからは新型コロナウィルスの関係で、結局1度も見舞いに行けずじまいだった。

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生きている祖父との最期の思い出は、病室で伊藤潤二先生の漫画(『長い夢』)みたく痩せてしまった祖父の、あの満面の笑顔だ。
世界にたった1人、私が顔を見せるだけであんなにも喜んでくれる人がいたという事実が、この先の私の人生をどんなに励ますことだろう。
それが、大好きなおじいちゃんからの最後のプレゼント。私にとってかけがえのない宝物のような記憶になった。