なにか新しいこと日記

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『フイチン再見』昭和の漫画家一代記を読む

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こんにちは! ジョヴァンナです。

夏休みいかがお過ごしですか?

私は初日に、マンガ喫茶に行ってきました。私のお気に入りは快活CLUB。

快活CLUB | コミック&インターネットカフェ・ダーツ・カラオケ・ビリヤード

清潔で、フロアごとに喫煙・禁煙が分かれています。休日はさすがに混んでいますが、平日なら女性専用フロアも空いていて深夜まで気兼ねなくマンガに没頭できます。

カーディガン、靴下、歯ブラシ、スマホの充電など持っていくと、長時間滞在も捗りますよ!

追記2017/8/17: 快活クラブは、いつの間にか飲食持ち込み禁止になっていたようです。修正しました。

 

今回は7時間滞在して21冊読んできました。これまで愛読してきたマンガが複数完結したため、読んでレビューするつもりで行ったのですが、ここで大きな誤算が。

知らない間に『フイチン再見』が終わっていました。これはノーチェックだった。なので、本日は予定を変更して『フイチン再見』を全力でご紹介していきます!

 

『フイチン再見』のザックリとしたあらすじ

フイチン再見!(1) (ビッグコミックス)

『JINー仁ー』を大ヒットさせた村上もとか先生が綿密な取材の上に完成させた、昭和の漫画家上田としこ先生の女一代記です。

上田としこ先生は1917年東京に生まれ、生後すぐに一家で満州に渡り少女時代を過ごします。女学校時代は東京に移住し、兄の友人の紹介で当時の人気マンガ家・松本かつぢ先生に師事し、雑誌デビューを果たしました。

その後戦後の混乱期を挟んで、いよいよマンガの連載を持つことになったとしこ先生は、1950年のマンガバッシングや、1962年に著作が男女の不純交遊を唆す有害漫画に指定されそうになったりするところを才知によって切り抜け、堂々たる地位を築きます。

そうして女性の地位が現在よりもずっと低く、漫画が低俗なものとして扱われていた昭和の時代に、後進の女性マンガ家たちが歩んでいく「より良き道」を切り開いたのでした。

 

実話に基づいた10巻に及ぶ大作ですからどこを切り取っても見所は多く、レビューも長大になってしまいそうですが、私なりの視点でいくつか見所を紹介したいと思います。

いくつか重要な《ネタバレ》がありますので、ネタバレを知りたくない方はこのあたり までジャンプしてお読みください。

 

満州からの引き揚げ

私は10代の頃、今は亡き祖母から満州引き揚げの話を聞かされたことがあります。祖母が24歳頃の話でしょうか。祖父と知り合って結婚する前のことです。

引き揚げではよほど嫌な思いをしたらしく、詳しい話はしたがらなかったので、私も聞きませんでしたが、今更になってもっと聞いておけば良かったなーと後悔しています。(今の私なら、祖母が話しておきたいと思うエピソードだけを上手に聞き出すことができたかもしれません。)

そんな個人的な思いもあって、このマンガの満州での話は大いに関心を持って読みました。

 

前半の4巻までは裕福な少女時代を通じて絵を学び、いきいきと青春を謳歌する俊子の姿が描かれています。

4巻からは敗戦の混乱期、ソ連兵が蹂躙するハルピンでいかに一家が生き抜いて来たかという緊迫のシーンです。

『フイチン再見』5巻より

『フイチン再見』5巻より 

1946年9月19日。俊子たち一家はいよいよ引き揚げることとなり、ハルピン発の列車に乗りますが、軍の御用商人として有名だった父・熊生は出発を許されませんでした。

父を除く一家は列車で30分の地点で降ろされ、重い荷物を背負って4時間をかけ新京の収容所へ。12日間収容所に滞在した後、今度は屋根のない貨物列車に乗せられて出航地近くの収容所へ送られます。雨に打たれ、震えながら腰まで水に浸かり川を渡るシーン。体力がない人や小さな子どもには耐えられない過酷な旅路です。

この間に熊生はハルピンで人民裁判にかけられ戦犯として処刑されました。一家がその事実を知ったのは引き揚げから3年経った1949年のことです。

物資が不足した時代、アメリカから貸し与えられた貨物船で俊子らは海を渡ります。粗悪な粉を溶かしたお湯にだしじゃこがまばらに浮かんだだけの食事とも言えない食事が1日に2回だけ。6日ほどの航海中にも力尽きてしまった人たちが、船上から海へと葬られました。

『フイチン再見』5巻より  

『フイチン再見』5巻より

ハルピン出発から40日間にも及んだ引き揚げの話は、5巻の後半に詳しく描かれています。

 

もしも、このような旅の途中に1つでも余分なアクシデントがあったら……。私はこの世に生まれていなかったかもしれない。そう思いながら、息を詰めて読みました。

 

女の生きざま

俊子の父・熊生は商人として独立した頃からハルピンに妾を囲い、妻とは不仲でした。そうした姿を見て成長した俊子の姉は縁談をことごとく拒否し、生涯独身を貫きます。俊子も心は同じでした。

東京で画学を学んでいた20代の頃に、マンガ家の近藤日出造から俊子は手痛い指摘を受けます。

“キミは世間知らずのお嬢さんすぎてこのままでは漫画家には向かない。

漫画家は屑拾いと同じだよ。世の中の色々なことを拾って心の中に溜めておかなくちゃいけないんだ。” 

『フイチン再見』2巻p164

 

“では、どうすれば? わたしは絶対に漫画家になりたいんです!”とたずねる俊子に近藤は助言します。“まずお勤めをしなさい!”

もっともな意見です。トシコはアドバイスに従い、就職活動を始めます。当時は女性の地位が低く、父からの仕送りの3分の1にも満たない給与待遇に驚く俊子でした。

しかし、その後の仕事ぶりは目を見張るもので、どこへ行っても不平等な女性への扱いには徹底して闘い、より良い待遇を勝ち取り、女性が安心して働ける環境づくりに尽力し続けます。

そして、戦後やっとマンガ家として再出発する機会を得ます。1949年、新聞の三面記事で父の死を知った俊子は言いました。

“わたしを叱る父はもういない…

絵や漫画をやめて普通に生きろ! 嫁に行け!と言われることもない…

だからわたし…好きに描いて好きに生きてみようかなって思った。"

『フイチン再見』6巻p155

 

そんな俊子に求愛する男性がいました。ジャーナリストの関谷健です。

「わたしは、自分で結婚する人を選びたかった」と言って俊子は、彼のプロポーズを受け入れます。このシーンがなんとも印象的です。

『フイチン再見』7巻より

『フイチン再見』7巻より 

ハッキリ「好きだ」とアピールする関谷に対して俊子は、好きとも愛しているとも答えていません。

ただ寄り添って、マンガを描き続けるだけ。夫の関谷は、6年間に夫婦生活は3回しかないとこぼします。

関谷は政治ゴロのような活動をしており稼ぎは少なく、生計を立てるのは専らマンガ家・上田としこの役目。次第に夫婦の仲はすれ違っていき、妊娠したことを言い出せぬまま、精神的に追い詰められた俊子が流産したことで不仲は決定的となりました。

 

“あなたと一緒に暮らして、ずーっと漫画を描いていたい!!”

そう言って結婚した俊子は、夫に気を遣い、夫の愛にすがり付くことで、自分らしさを失い、持ち味であるユーモラスな楽しいマンガが描けなくなっていました。

 

決して嫌いになったわけじゃないんだけど、自分らしくいられない人といっしょにいるのは苦しいよね……。苦悩する俊子に過去を重ねて、私も胸が痛くなりました。

私も自分の仕事が大事だし、仕事を続けられないような結婚をする気はないから、俊子とおんなじだ……。

 

この作品はグイグイ引き込まれるのでマンガ喫茶で集中して読むのがピッタリなんですが、唯一の難点が、涙なしには読めないこと。そのために、ちゃんと各部屋にティッシュが用意されてるんだなーと思った。幾度も、声が漏れないように口をふさいで嗚咽する場面がありました。

 

故郷、ハルピンへの想い

時代の要請で、これまで描いてきた路線とは異なるストーリー性の強いマンガを求められた俊子は、夫と別れ、難産の末ついに全く新しい作品を生み出します。

それは故郷のハルピンを舞台に、おてんばな中国人の少女フイチンが繰り広げるコメディ『フイチンさん』でした。

このマンガのヒットで、俊子は小学館漫画賞を受賞し、確固たる地位を築き上げます。幼き日の著者・村上もとか少年が夢中になって読んだのも、この『フイチンさん』でした。

 

ちなみに『フイチンさん』は2015年に復刻版が出版されています。俊子の分身とも言うべきこの作品には、望郷の想いがいっぱいに詰まっているようです。 

フイチンさん 復刻愛蔵版 上 (ビッグコミックススペシャル)

フイチンさん 復刻愛蔵版 上 (ビッグコミックススペシャル)

 

 

 1946年、ハルピンを離れる前に俊子は「できれば残りたかった。いつかまたハルピンに。私のことを覚えていて下さいね」と父の部下であった青年に言い残しました。

それから20年の歳月が流れ、俊子の気持ちはすっかり変わってしまいました。

“わたしには無理だ! どれほど懐かしくても…故郷ハルピンへは絶対に行けない…”

『フイチン再見』10巻p202

父と兄とを失ったことで変わってしまったのでしょう。何とも切ないシーンです。

 

終わりに

ここまでで約4000文字。名シーン、名ゼリフばかりでとても紹介しきれないところ、一部を抜き出してご紹介しました。

 

作中には、明るくまっすぐな性格の主人公・俊子に対して、人の裏側を知り尽くし、男性を利用してのし上がっていくダークヒロインも登場します。2人の女性の生き方の対比もまた、見事です。

女性の一代記として、各年代ごとの容貌の描き分けも素晴らしい。少女時代はお嬢様然として、どこかおっちょこちょいが抜けない俊子の顔が、父の死を契機に覚醒して、ぱっちりと目が開いていきます。俊子の姉は若い頃からアーモンド形の大きな目をした麗人でしたが、俊子は三白眼が特徴で、年を経るごとに所作が洗練され凄みのある美女へと変貌します。そんな村上先生の絵の魅力もタップリ味わえる作品です。

 

昭和史、またはマンガ史に興味がある方に特におすすめします。