私が死を選ばなかった、たった1つの理由

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これまで何度も「死にたい」と思い悩んだことがある。汚部屋に閉じこもって半・引きこもりになった時期もあるし、自暴自棄になった時期も。通勤や通学の電車で、わけもなく涙がこぼれたのだって、一度や二度ではない。
人生において、うつっぽくなった時期が何度もある。

私が「死」を考えるたび、こちら側に引き戻してくれたのは一つの漫画だった。

『死と彼女とぼく』

『月刊少女フレンド増刊』で始まり、その後ホラー雑誌に引っ越して10巻まで続いた。静かに人気のあった作品で、次のシリーズ、その次のシリーズと続き、読者と共に主人公たちもゆるやかに年を取り、成長していった。

 

この作品で、自殺した人のたましいはその場に留まり、何度も同じ場所で「死の場面」をくり返す……。そんな描写がある。
残酷なシーンだ。

私は10歳の頃に初めてこの作品を読み、幼な心に強烈に擦り込まれた。もしかして、成仏しきれずこんなことになってしまったら、死ぬよりもっと悲しいと思った。

 

死者や遺族のたましいを救うために宗教があり、仏教で言うところの供養を行うのだと思うが……。そうやって救われるかもしれない可能性と共に、例えば、誰にも供養されなければ、救われずに地縛霊のようにしてさまよう可能性の両方があると理解している。

私は、そういうふうになりたくなかった。
そして、尊敬する作者・川口まどか先生からの「死なないで」という必死のメッセージをこの物語から受け取ったのだと思う。

 

人がたくさんの選択肢の中から死を選ばないためには、なにか1つ強力な理由があればいい。それがどんなにつまらない理由でも、他人から見ればそんなこと?と思うような意味不明なことであっても、たった1つ理由があれば……。

 

家族や恋人や友人、愛する人々の存在は生きるための理由にならないのか? 難しい問題だ。

私は、他人のために生きるのは苦しいと思う。そうではなくて、自分だけの理由が必要だ。
人は思い悩んで、究極に追い詰められたとき、自分以外の人間のことなど考えられないのではないか。

だから、残された人は自分を責めるのをやめて、自分のために何か生きる理由を1つでも2つでも見つけて欲しい。そういうふうに思う。