萩尾望都・著『一度きりの大泉の話』を一読しての感想

2016年に出版された竹宮恵子・著『少年の名はジルベール』を大変おもしろく読んだ。

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と同時にうっすら違和感も抱いた。
同年代の漫画家たちとの交流や、女性ばかり4人で海外旅行に行ったエピソードを紹介していながら、写真の掲載がない。
特に、同居していた萩尾望都先生のコメントやインタビューが一切ないのは、なぜ?

 

もしや、2人の間になんらかの出来事があり、今は絶縁されているのではないか……。
その疑念を裏付けることになったのが、このたび2021年に出版された『一度きりの大泉の話』だ。

この本についての取材は一切お断り。
また、内容の全部あるいは一部を無断で複製したり、ウェブ上に転載することも禁じられている。

私としても萩尾先生の意志を尊重し、先生がこれ以上過去の出来事にわずらわされることのないように願っている。

そこでこの記事では、萩尾先生と竹宮恵子先生との間に起きた具体的な出来事への言及は避けつつ、私の感想をざっくりまとめて紹介したい。

この本が書かれた経緯について

本を書くことになった経緯について、前書きに詳しく書かれている。

萩尾先生にとって、本来このようなプライベートな出来事は公表せず、沈黙していたいと願っておられた。

しかしながら、そうすることは「世間」が許さなかった。

萩尾先生は、竹宮先生への敬意を欠くことなく、関係者の心情に配慮しながらできる限りの証言を集め、慎重にこの本を書かれた。

萩尾先生の公平さには胸打たれる。

先生の心痛、そしてこの原稿を書くために使われた膨大な時間を思うと、ため息が出る。

本来他人が触れてはいけない領域であり、掘り起こさずにそっとしておくべき個人的なトラウマに属する事柄だ。

そして、漫画家にとって、あまりにも残酷な出来事であったと思う。

知りたい人はぜひとも本を入手して11章(1973年2〜3月)を読んでいただきたい。 

若き日の萩尾先生について

萩尾先生は、本の中で何度もご自身のことを「とろい、とろい」と表現される。

だが、あんなにも知的でクリエイティブな方が「とろい」ことがあるだろうか?
もしかしたら、動作がゆっくりだとか、あまりにも思慮深いために、会話の反応速度がゆっくりということはあるのかもしれないが……。絶対に「とろい」はずがない!

非常に交友関係も広いし、人物の紹介がいちいち細やかで思いやりに満ちている。この本には、楽しいエピソードも多いのだ。

また、あの時代に何度も長期の海外旅行に出かけたり、北海道まで一人で旅している行動力に驚かされた。

一面識もないささやななえこ先生にいきなり電話して、
「いいわよ、いらっしゃい」と快く迎えられ、10日間も宿泊させてもらうなんてこと、あり得る?
萩尾先生は今で言ったら「コミュニケーション強者」とも言える、人なつこい、魅力的な方なのだろうと思う。

 

まだインターネットもなかった時代、数々の旅行経験がマンガを描くときにものを言ったのだろう。

トーマの心臓』を書く際にどういった資料が一番参考になったか、この辺りの話(16章)も具体的、実践的で読者として大変おもしろかった。

私の推し・山岸凉子先生の登場回数は多め

私の大好きな山岸凉子先生は『ゆうれい談』というマンガで、大泉に集った若き日の漫画家たちの姿を描いている。(文庫30ページ)
ちなみに、この中に萩尾先生の体験したゆうれい談も紹介されている。

お2人はそれだけ交流もあり、ヨーロッパ旅行でも同室で親しまれた仲だ。

山岸先生とのエピソードには素敵なものが多く、友情に心洗われる思いだった。

 

日本を代表する偉大な漫画家である萩尾先生のご両親は、長い間、萩尾先生の仕事を認めることがなかった。特にご尊父は、娘の業績は自慢しつつも、本人に対して一切認めるそぶりがないまま逝去されたという。

ご尊父に対し心残りができてしまった萩尾先生に対して、山岸凉子先生がかけた言葉が凄い。

山岸先生のシャーマン体質がここぞとばかり発揮され、ファンとしてはふふ、となる。そして、ますます山岸先生の尊みを感じるエピソードだ。 

トーマの心臓』制作秘話

大泉での出来事と深く関連する作品の一つが『トーマの心臓』だ。

この物語は冒頭、少年・トーマの自殺のシーンから始まる。
読者アンケートでの評判は悪かったようで、危うく打ち切りになるところであったが、当時、小学館が出版した初めての少女漫画単行本『ポーの一族』が3日で3万部を売り切ったことから、続けられるようになった。

私はずっと後からの読者であるが、この『トーマの心臓』が大好きで、『ポー』のおかげで『トーマ』の続きが読めるようになって良かったなぁ、と思う。

 

そりゃあ小学館も『ポー』のプレミアムエディションに5,000円超の強気の価格を付けるわけだよなぁ!
少女漫画史に燦然と輝く金字塔的作品なのだ。『ポー』は。

 

そして大泉の本の後半、『トーマ』の中にある「本当に美しいもの」に作者自身が救われたと書いてあるのを読んで、心が震えた。

『トーマ』は読者の心を癒やす前に、まず作者自身を癒やすものだったなんて……!

 

この悲しい話がどのように書かれたかということ。
また、萩尾先生の作品の根底に悲しみが流れている理由。
14章と15章の合間に紹介された『ハワードさんの新聞広告』だって、私はいつも、コメディというより悲しい話だなぁと思って読んでいた。

この本を読んで、なにか、その理由の一端に触れた思いだった。

終わりに

萩尾先生は幼い頃より、頭の中から物語が泉のように湧き出て止まらないそうだ。生粋のストーリーテラーなのだろう。

どうか、今後は過去の出来事にわずらわされることなく、静かに生活し、またできるだけ多くのお話を作品としてわれわれ読者に読ませていただけたら……と願っている。