
わけあって、小説を読みたいとも思わぬ時期が長く続いたが、最近になって徐々に読めるようになった。まず、韓国の小説をいくつか読んで。それから日本の既知の作家の短編を読んで。未知の作家の短編を読んで。徐々に慣らしていったら長編も読めるようになった。ここに至るまで長かった。
リハビリしつつ、今後は古典なども読めるといいなと思う。
- ネット怪談の民俗学/廣田龍平
- 韓国の都市伝説/島村恭則
- ボクの満州 漫画家たちの敗戦体験/中国引揚げ漫画家の会・編
- 傲慢と善良/辻村深月
- 山と獣と肉と皮/繁延あずさ
- 斬首の森/澤村伊智
- 営繕かるかや怪異譚 1〜4/小野不由美
ネット怪談の民俗学/廣田龍平
ホラー小説を読み続けた流れで、「ネット怪談」の論考を読んだ。
ネット怪談のはじまりは1990年代後半、個人が運営するウェブサイトに投稿されたものだそうだ。
2000年以降、2ちゃんねるのオカルト板が盛り上がり、2010年以降、2ちゃんねるから怪談部分を抽出して転載した「まとめブログ」が流行した。2007年以降はオカルト板の投稿をゆっくり読み上げる動画がニコニコ動画やYouTubeに多く投稿されるようになった。
私自身、スマホを入手した2010年以降に「哲学ニュースntw」だとか「VIPPER速報」の洒落怖カテゴリを、後追いで読みあさっていた記憶がある。そのため、大体のネタはまとめ版を読んで知ってはいたが、あらためて、オリジナルの文章から時系列でまとめられたものを読むと、1人の人の創作だけではない、複数人の集合で作り上げられた、私の知らない文脈があったりして、おもしろかった。
「怪談」と「ホラー」はどう違うのか。ジャン・ハロルド・ブルンヴァンが提唱した「都市伝説」の概念は、80年代末から90年代にマスメディアに取り上げられ、ブームになると一人歩きをして、現在では陰謀論やオカルト、デマや俗信も含めた広い概念になり、学術的には使いにくい言葉になってしまったこと。2020年に流行したという「バックルーム」のネタは最近映画の予告が出るまで知らなかったから、映画の予習として解説を読めてよかった。
有名なネット怪談を網羅しつつ、怪談がどのように発生して広がっていったのか、なるべく出典を明示してまとめている。なにか書くときにも参考になりそうな、よい本だ。
韓国の都市伝説/島村恭則
続いて都市伝説本。民俗学者の島村先生が90年代に韓国で客員講師として勤めていた頃に学生から集めた話をまとめた本を改題して復刊したもの。
この本では、都市伝説と怪談はほぼ同義として扱われている。
口伝えの怪談は、人から人へと伝わるうちに「どこかで聞いたことあるな〜」という形に整えられ陳腐化されてしまって、こわくない。私が小学生の頃に読んでいた「学校の怪談」レベルの話が多く、中身も「口裂け女」「赤マント・青マント」とか「タクシー幽霊」とか、日本に伝わっているのとほとんど同じ話もしょっちゅうあった。どちらが先かわからないが、お互いに伝播して広まっていったということだろう。
そういう「どこかで聞いたことがある話」ではなくて、葬祭の文化がからむ話とか、韓国は受験競争が激しく、深夜まで残って自習室で勉強しているこどもが多いとか、生理中に女性がほうきをまたぐのは禁忌であるとか、韓国独自の文化が垣間見える話がおもしろかったし、価値がある。
この本の価値は「こわい本・怪談本」としてより、怪談の中に韓国の葬祭文化を知ったり、日韓で似たような話があるときにどういうところが違うのか、どうしてそうなったのかを比較して楽しむといったところにある。
ボクの満州 漫画家たちの敗戦体験/中国引揚げ漫画家の会・編
上田トシコ、赤塚不二夫、古谷三敏、ちばてつや、森田拳次、北見けんいち、山内ジョージ、横山孝雄、高井研一郎ら、漫画家たちの戦前・戦後の体験記が文章で書かれた本。挿絵として、それぞれが自分の目で見た情景を描き起こしたイラストが挟み込まれているところに価値がある。
上田トシコの生涯をモデルにしたマンガ『フイチン再見!』を以前に読んだことがあって、満州引き揚げは大変だった、ボロボロになって命からがら帰ってきたのだ……という印象が強く刻み込まれていたが、あれは上田が敗戦時に30近くなっていて、大人で、しかも女性だったためだろう。
ほかのマンガ家は全員男で、敗戦当時10歳にも満たないこどもが多かったから、引き揚げ中の苦労話みたいなものはそれほど見られない。1人だけ、赤塚不二夫が母親と弟妹あわせて4人で大和郡山(奈良)に帰ってきたら、赤ん坊だった妹が「寝かせて三十分後にフゥーって死んじゃったの」と書いている。(p38)
やっと帰ってきたのになんてこと! どんなにか、お母さんは悲しんだことだろう。赤ん坊にとってはあまりにも過酷な旅路で、栄養も足りなかったに違いない。
しかし、赤塚は案外冷淡で「親孝行したんだなって。いま生きてたら五十いくつかなぁ。あいつ可愛いとき死んでよかったよ」なんて書いている。100パーセント本音で書いているとは限らないけど、それにしてもひどい! まあ、無理やり行間を読むとしたら、敗戦後の日本では食べるにもこと欠いただろうから、家族が1人減れば、それだけ分け合う食べ物の量は増えるはずで、そのへんの「家族に食べさせる苦労」を反映して、よほど苦しい思いをしたことをぼかして書いているのかもしれない。
今と違って、人の命がずっと軽かった時代のことだから。
「満州育ちはおおらかだ」というのも、複数の人が書いていて、当時、貧しかった日本と比べて大陸は豊かだったから、満州育ちのこどもたちは暮らし向きも良かったし、広い国土と雄大な自然の風景に囲まれて、本土とは別世界の暮らしをしていたのがわかった。
ただし、その豊かさと引き換えに、父親たちは引き揚げをゆるされず、すぐに処刑された人もいたし、シベリアの収容所で強制労働をさせられて亡くなった人、ずいぶんくたびれて何年も後に帰ってきた人もいる。家族の支払った代償の大きさには、言葉もない。
傲慢と善良/辻村深月
𝕏で「婚活小説」として話題になっているのを見て読んだ。
前半は消えた婚約者の謎を追いかけるミステリー、後半は反対側、婚約者の視点から見た「失踪前」と「失踪後」を描いている。
前半、その場にいない女性の人物像が、周囲の人たちの証言をもとにして浮かび上がってくるのが『火車』みたいでおもしろかった。で、女性が消えた理由がわかったあとは、この2人の結婚はどうなるんだろう?と気になってしまい、一気に読んだ。
あ〜、おもしろかった!
(ここからネタバレ)
最後、予約していた麻布のガーデンウエディングをキャンセルすることになり、むだな金を支払うことになったが、そんなのは男のほうが支払って当然、そのくらいの誠意は見せろ!と、私は思った。
友だちにそそのかされたからと言って、婚約者に点数をつけるなんて最低の行為だし、友だちがやったことは明確に「いじめ」だから、それなりにけじめをつけてもらわないと、結婚なんて考えられない。厳重に抗議するなり、悪い友だちとは縁切りしてくれないと無理〜!!
私なら「70点」とわかった時点で「そんならいいです、どうぞ、100点の相手を見つけてください」つって別れるけど、この小説の主人公はそういう人ではない。なんだかんだ折り合いをつけて、いっしょになる決断をしたということなので……
ちなみに麻布のガーデンウエディング、ゲスト60人で相場は400万円。2か月前のキャンセルで30パーセントだから、120万円くらいかな〜と見積もった。
40男で社長なら、そのぐらい、気持ちよく払ってやれ!
←このへんの感覚は人によって大きな違いが出るところなので、読み終わった人同士で話をするとおもしろそう。
私が読む前に、みどりの小野さんが紹介してくださって「キャンセル料のことがモヤモヤする〜」と言っていたのも、社会人としても、長年結婚生活を続けている大人として、真っ当な感覚なんだと思った。
辻村深月、おもしろい。もっと読みたい!
山と獣と肉と皮/繁延あずさ
はてなブログで渡鳥石子さんが紹介していた『鶏まみれ』を読んだことから、さかのぼって2作目の『ニワトリと卵と息子の思春期』を読み、また最初の作品『山と獣と肉と皮』を読んだ。
1作目『山と獣と肉と皮』:写真家の著者は一家で長崎に引っ越してから、狩猟をやっている近所のおじさんと知り合い、ときどき肉をもらったり、狩猟に同行するように。そこで考えたことを自由に書いたエッセイ的な本。
2作目『ニワトリと卵と息子の思春期』:中学生の長男が「鶏を買ってたまごを売りたい」と言い出し、知り合いのつてをたどって、ヒナから鶏を育て、鶏のしめ方、さばき方も親子で習い、産卵率の下がった鶏は自分たちでしめて食べるようになった一連の体験記。
長男氏は自己主張をしっかりするこどもだから、親とぶつかることも多く、「小遣いなし」の罰を食らったために、自分で考えて小遣い稼ぎの方法を思いつき、その後、高校に入ってからは投資まで始めたという。自立心旺盛ですばらしい、将来有望な若者だと思う。いままで読んできた中では、この長男のエピソードにもっとも感銘を受けた。
3作目『鶏まみれ』:コロナ禍に失業した夫が「養鶏家になる」と言い出し、土地を探して、家業としての養鶏を始める。すると、年をとった鶏は自分たちで食べるだけでは多いので、食肉として販売できるように、写真家である妻のほうが「食肉処理衛生管理者」の資格取得をめざし、食肉工場で働きはじめた。3年もの間、写真家と養鶏と工場勤務を並行して続け、見事、資格を取得された。この工場での体験記・養鶏家としてのエッセイも、とてもおもしろかった!
この繁延さんて人が、のびのびした心で感じた自分の体験を、素直な言葉で記録しているのがすごく良くて、しかも、1冊ごとに体験が深まって、どんどんおもしろくなっている。それをさかのぼるように読めて、よかった。
斬首の森/澤村伊智
朝宮運河が編んだアンソロジーをきっかけに、澤村伊智の短編集をいくつか読み、ついに長編に手を出した。これは澤村の出世作である『ぼぎわん』のシリーズとは関係ない、ノンシリーズの長編。
週刊誌の記者が、山奥にあるカルト集団の合宿所から逃げ出した女と接触し、内部事情を聞き出す。女の話によれば、集団ではリンチや殺人が横行しており、数人の仲間と共に命からがら山を下ってきたという。
これってサスペンスじゃないか、どこがホラーなんだと思っているうちにちゃんとホラーになり、異常な出来事が次々に襲ってきた後、唐突に話が終わった。おもしろかった。
このコーナーで読んでいる本は、夕食後に30分、時間を区切って読んでいるのだが、おもしろいときは続きが気になって、時間を延長して読み切ってしまうこともたまにある。これはそういう本だ。
体がすっかり「小説を読みたいモード」になってきたので、毎日、楽しく読書をしている。
営繕かるかや怪異譚 1〜4/小野不由美
えむさんにすすめられた『営繕かるかや怪異譚』
『怪と幽』に掲載されたものが単行本になり、現在「その肆」=4巻まで出ている。
長崎あたりがモデルらしき、古い城下町を舞台に、古民家や個人宅で起こる怪奇事件に対して、ふらっと現れた大工の「かるかや」が家を手直しすることによっておおざっぱにおさめてしまうという話。
毎回視点人物が入れ替わり、悲しい話もあれば陰惨な話もある。話によって味わいが異なるところがおもしろい。タイトルになっている「かるかや」の登場シーンは各話の終わりにほんの少しあるだけで、だれに対しても公平であたたかい態度で接し、さわやかな印象を残す。それが救いになっている。
読み始めたら、引き込まれてしまい、最後まで読み終えるのが惜しいほどだった。
大体3年ごとに出ているらしいので、次出るまでにあと2年も待たなきゃならない。うわーん!