モラハラ上司と人たらし上司

「きみは、損をしてるよ」

残業中に上司から声をかけられて、ハッとした。

 

私は覚えは悪いが仕事を一から理解しようと努め、黙々と働く人間だ。同期のミキちゃんと比べたら評価されにくく不憫に思われたらしい。そんなふうに見られていたとはつゆ知らず、ビックリした。

22歳、商社OLだった。

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遠い人だと思っていた上司に急に親しみを感じた。思いっ切りなまりがあり、電話口ではとぼけた冗談を言っては相手を笑わせている。部下の誰からも慕われ「加藤さん、加藤さん」と呼ばれていた。係長だった。

 

新人だった私は気の合わない先輩から仕事を教えていただく立場だった。

「ミキちゃんは教えたことを素直に実行して覚えも早いけど、ジョヴァンナはめんどくさいことばかり訊いてきて覚えが悪い。扱いづらい」と思われているのをひしひしと感じた。

実際に「変わってるね!」と吐き捨てるように言われたことが何度かある。自分の仕事はキッチリやるが、後輩には通り一遍のことしか教えてくれない人だった。

加藤さんは、そんな先輩からの評価をある日そっと教えてくれた。

「町田課長から評価シートを渡されて随分悩んだらしい。俺にそれを見せて言うんだよ。『普通につけると、ミキちゃんの方が評価が高くてジョヴァンナちゃんは評価が低くなってしまう。あまりにも差がつき過ぎるから、どうしたらいいか』って。ところが1年後にもう一度シートを渡されたら、評価がそっくり逆転してたんだって。おかしいよな!」

 

そう、私は業務の一から十まで仕組みを知らないと先に進めない性分で、疑問を持つと自分でしつこく調べたから、一つの仕事を覚えるのに時間がかかってしょうがなかった。でも、一度覚えてしまえばあとは早いのだ。そうして1年経ったら理解に随分と差がついていた。例外に出くわしたとき、私は「こうかな?」と仮説を立てて上司に確認するだけでGOでき、応用の効かないミキちゃんが困って止まっていたらアドバイスできるぐらいまで成長していた。

(ミキちゃんにはミキちゃんの得意分野があって、私も別の場面ではミキちゃんに助けてもらったから、お互い様だった。)

加藤さんは新人の私を評して「損している」と言ったが、1年経って帳尻は合ったわけだ。加藤さんはその後も私に目をかけて仕事を教えてくれたし、私もよく補佐をした。町田課長のお気に入りはミキちゃんだったから、ミキちゃんは課長の補佐をよく受け持っていた。

 

一方、課長は皆から嫌われていた。フリーザみたいに鼻にかかった声で、持ってまわった話し方をする人だった。

課長のコーヒーにはミルクと砂糖を2つずつ入れる習慣だったが、その日の気分によって「甘すぎる」とか「もっと砂糖を入れて」とやり直しを命じてくるので「それぐらい自分でやってくれればいいのに……」と内心思いながらも素直に従っていた。忙しい日にそんなことで何度も呼びつけられると、「コーヒーをひっくり返したろか!」ぐらいイラついたこともある。

 売掛金の回収遅れがある社員は毎日のように呼ばれ責め立てられていた。それも、町田課長の一存で課長席が長〜い部屋のど真ん中にあるため、内容が部署の全員に丸聞こえなのだ。公開処刑みたいで気の毒だった。加藤さんも大型の不良債権を抱え、説教組の筆頭だった。

 

説教が終わると課長は「さーてと、行かなくちゃ!」と言い、いそいそと電話を掛ける。お友だちの商社の○○部長と接待の名目で会食するのだ。うなぎやら寿司やらの食事代の領収書、行きつけのクラブの領収書もミキちゃんが処理するため、内情はわかっていた。

課長は3時には出かけてしまい、鬼の居ぬ間に判子は押し放題だった。見積書などは課長がいるときに出すと余計な質問をされるから、いない間に押すのが慣例になっていた。『直行ノート』には毎日のように課長の「直行」「直帰」の文字が並んだ。

 

加藤さんは課長とは正反対。誰よりも早く出社し遅くまで居残って仕事していた。経費など使わずに部下を誘ってポケットマネーで何度もご馳走してくれた。私もよく連れていってもらった一人だ。

やがて加藤さんは回収遅れの責任を問われ、主任に降格された。可愛がっていた部下の松澤さんと肩書きが並んでしまい情けないとしきりにこぼしていた。

 

そしてある日会社に来なくなった。

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 心配して皆がケータイを鳴らしたが社用のケータイは机の中に置きっぱなしになっていた。何日も連絡がつかず、債権を苦にして自殺してるんではないかと私も心配した。

数日後、町田課長が「横領」の二文字を口にしたときは、まさか!と思った。しかし、一週間もすると社内の風向きが変わってきた。

私も「そう言えば……」と思うようになった。普通、現金払いは経理から振込伝票が回ってくるはず。ところが加藤さんの現場に限って小切手が時々混じっていた。私が現物を見たのは2回だけ。取引先のK社からでなく、下請け・孫請けの2社からの手形と小切手だった。手形で端数が出ているのも初めて見たし小切手の割合もなんだかおかしい。「変だな」と思いつつ、指示された通りK社の回収分として伝票を切って処理した。

あれは、もしかして……もしかすると……。

 

まさか横領の手口にまで思いが至らなかったから、加藤さんがコソコソと手形を持ってきたときに「何だろう?」と思いながら課長に報告するのを怠っていた。本来不審に思ったことは私から相談すべきだったのに、課長との間に信頼関係がないからスルーしてしまった。

この件で私におとがめはなかった。その会社で事務員は「女の子」と呼ばれる習慣だったから、誰も「女の子」の責任など追及しようと思わなかったのだろう。

 

加藤さんは「横領のため懲戒解雇」との通知が社内報で回った。

一度だけ出社し社長と顔つき合わせて弁済の話をしたらしい。その日居合わせた人は誰も加藤さんを責めなかった。私が「生きていてよかった」と言ったら、加藤さんは泣き笑いのような顔をしていた。以来加藤さんには会っていない。

 

町田課長はどこ吹く風で、直行直帰の習慣をやめなかった。その上半年も経たないうちに次長になり部署はざわついた。部下が懲戒解雇されたのに降格どころか昇進するとは。どれだけ政治がうまいのかと、私も驚きあきれた。

 

かねてからの予定通り私は一年後に退職した。その頃には考え方が180度変わっていた。

私が信頼していた上司はそもそも信頼に足る人ではなかった。あの人は「人たらし」だったのだ。私から信頼を得るために先輩からの情報を流したりして巧みにコントロールしていた。ポケットマネーでご馳走してくれてると思っていたのも会社から盗んだお金だったなんて……。

もう、あの人のことは忘れよう。社員旅行で遊んだりしたプライベートの記憶以外、仕事上恩義に感じていたことは全く無意味だった。

 

一方の町田次長は「交際費を独り占めにして部下に使わせない」などといくら陰口を叩かれても、やっていることは社内ルールに則っているわけだし法的にも問題ない。あんなに毎日説教して、部下を帯状疱疹でダウンさせたり突発性難聴で病院送りにしていたけれど、追及の方向性は決してまちがっていなかった。

皆から好かれていた加藤さんの方がドロボーで、一見「モラハラ上司」のように見えた町田次長の方が上司としても人としても正しかったことを知った。

会社員として貴重な社会勉強をさせてもらった。

 

時々「人たらし」を見かけることがある。

どういう言葉を掛ければ人から好かれるか、私も多少は自然に覚えた。あえてそういう言葉を使う日もあれば、黙っている日もある。いずれにしても、他人をコントロールなどしたくないから注意深く距離を測るようにしている。人をコントロールするのもされるのも真っ平だ。

人間関係で「なにか変だな」と直感したことは大体合っている。変だな、気持ち悪いな、と思ったら遠ざかった方がいい。特に仕事上は気をつけなければ。知らない間に犯罪の片棒担がされてはたまったもんじゃない。

私が20代の頃「人たらし」に遭ったときの話である。

 

SPECIAL THANKS...

イラストレーション: DAC
アイキャッチ制作: あいまいみー(@imyme_999