なにか新しいこと日記

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いかにして高校・大学を選んだか【しょーもない私の進路選択・前編】

私はぼーっとしたこどもだった。頭の中ではいろんな思いをめぐらせているが、外の世界に表現するすべを持たなかった。
これから書いていくのは、そんな私がいかにして高校・大学と進路選択をしたのか。選択のプロセス。失敗したこと、やっとけば良かったと思うこと、未熟だった自分と、親への恨みつらみを正直に書いた。

親の教育方針

私の親は早くから「なるべく偏差値の高い高校、いい大学に行かせたい」方針だった。なぜだろう……。
父は東京の有名私大卒、母は地方の短大出身だ。
母の頃は「女の子は四大なんか行かなくていい。年頃になったらお見合いをして嫁に行きなさい」と確固たる社会規範があり、親からもそれを強く要請されたという。それがとてもイヤだったと……。
母は自分のこどもには「男も女も大学に行き、自立して働きなさい。公務員とか専門職とかなるべく安定して長く働ける仕事に就きなさい」という方針だった。

私も当時はそれが妥当だと思った。他のルートが示されなかったから、迂闊にもそれが唯一の道であると思い込んでしまった。高校ではなく高専や専門学校に進む道もあったのに……。まったく検討しなかったし思いつきもしなかった。友だちにもそういう人が1人もいなかった。

インターネットがない時代のこととはいえ、情報がないって悲しいことだ。

高校選び

今更言っても詮ないことだが、私は高校選びを間違えた。
普通高校ではなく総合高校に行けば、学びの選択肢が広がって楽しかっただろうに……。そういうところに来る子の方が同類を見つけやすく、居心地も良かったんじゃないかな。

親の方針に従って私が選んだ高校は、伝統ある古い高校で校則も厳しく、私のように自由を愛する者にとってあまりに窮屈な場所だった。

(パートナーのえむさんは、それこそ総合高校に近いシステムの学校出身だ。彼が主体性のある賢い人だと感じるのは、そういうところだ)

 

私が高校受験する少し前に、母の友人の子息が受験で失敗をした。
彼は名のある県立高校(千葉県でいうところの千葉高)に当然受かるはずと信じ、傲慢にも第二、第三のプランを用意していなかったらしい。
結局すべり止めの私立高校しか受からなかった。
それならその学校でトップの成績を維持し、指定校推薦でももらって好きな大学に行けばいいじゃないかというのは、おとなだから考えつくことだ。
T少年はバカにしていた私立高校に少し通っただけでイヤになり、引きこもりになった。(中年になった今も引きこもっているらしい)

話を聞いて母は震えあがり、「同じ轍を踏まないように」強迫観念に駆られて、毎日娘が勉強しているかを厳しく監視するようになった。

だけど、ちょっと待ってほしい。
母親に溺愛され、甘やかされて自己愛が肥大したT少年と、5歳の頃から母親とは不仲で、ひねくれ、ブスったれた少女の私が同じ行動をするはずがない。
そもそも人間が違う。性格が違う。メンタルが違う。さらに性別も違うし、土地も違う。なにもかも違うのに、なにをそんなに恐れることがあったのだろう。
ここに、母の心の闇がある。

 

日夜偏執的に監視されるようになり、家庭では息が詰まった。今も後ろからのぞきこまれるとゾッとするし、人から行動を制限されるのは大大大きらいだ!

高校受験を経て、私が得た教訓は「親の言うことを素直に聞いていれば間違いないとか、将来幸せになれるとは限らない」ということだ。

確かに、頭のいい高校、大学に進学すれば、人が羨む大企業に入社できるかもしれない。その可能性は上がる。だけどそんなことで人は幸せになれると限らないし、私にとって、組織の中で働くのは自分に無理を強いること。もっとも幸せから遠ざかる行為だ。(このことは、ずっと後になってからわかった)

 

高校選びは本人のパーソナリティを生かし、のびのびと活躍できる環境を選ぶのが一番だ。変化の早い時代、親世代の知識や経験は通用しない。固定観念を捨てて、なるべく広く情報収集すべきだ。

それには、知り合いの中から年上のこどもを何人か紹介してもらって話を聞くのがいいと思う。どうやって高校を選んだか、高校生活は楽しいか、自分に合っていると思うか。卒業後の進路はどういうふうに考えているか。現役の高校生から直に話を聞いたほうがいいし、大学生や、新社会人にも聞いたほうがいい。なるべく大勢から話を聞いてヒントを得ないと、自分に合った進路選択ができるかどうかはあやしい。

志望校が絞り込めたら、学校の文化祭だとか公開されている行事に足を運んで雰囲気を見てみるのもいいだろう。学校案内やホームページを見ただけでは判断できないし、人生経験の乏しいこどもには、なおさらわからないのではないかと思う。

大学選び

さて、伝統ある公立高校で退屈な3年を過ごし、私は再度受験生活に突入した。
ここでも「頭のいい大学に行く」が唯一親から与えられたテーマであり、肝心の「大学でなにを勉強するか」は俎上にのぼらなかった。

もし、当時の私にアドバイスすることができたなら……
「女子大に進学して寮に入りなさい」と勧める。
どうせやりたいことが決まっていないのだから、当時倍率が低かった文学部哲学科あたりを狙って受験すれば、憧れの「あの女子大」にだって行けたかもしれない。名のある大学でしかも女子大の寮なら、私の親も東京で暮らすための費用を出してくれた可能性が高い。そうしたら人生の早いうちに親元を離れて伸び伸びでき、今とまったく違う人生になっていただろう。
哲学なんて当時は全然興味がなかったけど、全ての学問の基本である。今ならおもしろそうだと思うし、考え方を学ぶのだからなんにでも応用が効く(と思う。)必須科目をおさえつつ、同じ学部の授業はなんでも興味のあるものを受講すればいいわけだから、なにも学科名にこだわる必要はない。
これも今だからこそ考えつくことで、高校生の私は戦略性もなにもなく徒手空拳のまま大学受験に立ち向かおうとしていた。

「心理学っておもしろそうだな」と安直な理由で当時大人気だった文学部心理学科を受験することに決めた。
さすがに早稲田、慶応、上智を受けるほど身の程知らずではなかったが、その下の有名私大で通学圏内の学校は大体受けた。(私の親はこの点はなんの制限もなしに、ほいほいと受験費用を出してくれた)
今にして思えば、一番人気の学科ばかり受けるから落ちるのであって、他のもっと不人気の学科を選べば、あの大学、この大学でも受かったかもしれない……。

結局どうなったかと言うと、某N大学の入学願書をながめているとき、並みいる学部のうち、法学部新聞学科というのを見つけて「へ〜、ジャーナリズムを勉強する学科があるんだ。おもしろそうだな。別日程だし受けてみるか」と軽い気持ちで願書を出した。
そのちょっとした思いつきが、道を開くことになる。
というのも赤本を解いてみたら、他のどの大学より易しかったのだ。偏差値でいえば心理学科と大差はなかったから、たんに適性があったのだと思う。すらすら解けて「これなら楽勝!」と感じた通り、心理学科はすべり止めの1校をのぞいて全部落ちたのに新聞学科だけが奇跡的に受かっていた。
そんな安易な理由で、私は大学時代、ジャーナリズムを学ぶことになる。
(後編に続く)