なにか新しいこと日記

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適切な距離をもって人と接したい

尊敬する友人がこう話してくれた。
「母が亡くなったとき、私は世界で一番愛する人を失ったの。その瞬間に、私の人生で最も愛情を注ぐ対象は母から姪に代わったわけ」

へぇ……としか言葉が出なかった。愛の大きさにただ圧倒された。

(ちなみにこの人は夫もいるし他に肉親も複数いるのだが、世界で二番目に愛しているのはたまたま姪御さんだったらしい。)

私と母の間はそうではない。
母は最大限の愛情を私や弟に注いでくれたと思うし、私も母親に対して特別の愛着を感じる。しかし、それは「世界一愛しているのは母」というような純真な愛ではない。
私が母に対し抱いているのは、もっと批判的で突き放した感情だ。

 

なにげなくTwitterのタイムラインをさかのぼっていたら、クラタイクツさんがこんなマンガをシェアしていた。

「スキゾイド」ってこういうことだったのか……。

思い当たるふしがなくもない。特に、4ページ目の「無理やり仲良くしようとすると距離を取ります」の図にはクスッとなった。

そうそう。めったにないことだけど、あんまりベタッと重くのしかかってこられるのはイヤなのだ。元々人との距離を広めに取っておきたいタイプである。

 

昔ある(別の)友人から「迷惑かけるなんて思わないで、もっと頼ってくれていいよ。あなたとケンカしたい。」と言われたことがあって、ガーンとなった。

震えるほどのショックを感じた。

そんなにも強い愛情を受けておいて申し訳ないことに、私は友人との間にそこまでの関係を望んでいなかった。というより、それまでも充分お世話になっており精神的にも支えていただいたし、よい関係性を維持しているつもりだったから……。それ以上の関係になることに、強い忌避感を感じた。

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子どもの頃に母にこっぴどく裏切られているから、私の世界はひび割れていて、だれのことも盲目的に信頼することはない。人と人との間には適切な距離を置くからこそ、安心して付き合えるのでは?

愛情がないわけじゃない。母のこともそうだし、友人たちにもそれぞれに敬意を払って愛し信頼しているつもり。
ただ、自分を100パーセント預けようとは思わない。そんなことをされたら重いから、だれだってイヤなはず。

そこを踏み越えて言っていただいたことは頭で理解するとしても、感情的に割り切ることは難しい。

 

私はできもしないことを「してあげる」なんて約束したりしない。
かなりしんどい話でも聞くし(理解できるかどうかは別として)、友人が困っていればできる限りのことをして差し上げたいと思う。でも、100万円あげられるわけでもないし、何か月も居候させてあげるとかも無理だ。私にはできることとできないことがある。その範囲を自分でよくわかっている。自分ができないことを他人に求めることも決してしない。

 

そんな人生への基本的な姿勢を私はごく当たり前に思っていたが、ツイートに紹介されているふーとさんのマンガを読むと、そうでもないのかもしれないな。

これを読んでくれたあなたはどう思いますか?