東京国立近代美術館(竹橋)で開催中の企画展『 記録をひらく記憶をつむぐ』を見に行ってきた。※10月26日まで開催



コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ - 東京国立近代美術館
戦争に関係する資料や絵画を集めた、チラシも図録もリリースもない異例の展覧会で、内容は過去に類を見ないほど充実しているとの評判だ。
国立近代って、普段NHKでバンバン宣伝するからすごいんだよね、人が。
2023年にガウディを見に行ったときは、あまりに混んでいるのでえむさんは怒り出し、私は暑さと疲れで帰る頃には気分が悪くなった。
今回は「全然宣伝してないから空いている」と聞いた。
展示は戦争中に描かれた「記録画」や大政翼賛会の宣伝ポスター、満州に移民を送るための宣伝絵画や、写真週刊誌、戦争が終わって自由になってから描かれたアートまで大量に展示されており、キャプションも細やかで見応えがあった。
コレクションの多くは撮影が許可されており、記録のためにたくさん写真も撮った。(昭和館など、他の施設から借りたものは撮影不可が多い)
館内はほどよく空いていて見やすかった。時間帯のせいか高齢者は少なく、若い人が多い。外国人(白人)もチラホラいた。ぱっと見の外見と言語で判断する限りは日本人が多く、ヨーロッパからの観光客が少数、アジアの観光客は皆無(興味なし)といった感じだ。
本来であればこういったものは戦争記念館を作って集めるべきだが、そうしない(展示会の宣伝すらもはばかる)のは、なにをおそれてのことだろう。
戦争を放棄したからこそ、過去の戦争について国民に知らせ、記憶に留めなければ後が続かないし、アジアのどこの国にも戦争記念館は複数あるはずだ。
この展示を、ぜひ、多くの方に自分の目で見てもらいたいと願う。
この記事では、私が特に強く印象に残ったものを紹介する。
- 1. 「民族協和の国」『満州グラフ』第8巻第1号、1940年1月
- 2. 古い通り/リウ・カン(1950年)油彩
- 3. 香港島最後の総攻撃図/山口蓬春(1942年)作戦記録画 紙本彩色
- 4. 哈爾哈河畔之戦闘/藤田嗣春(1941年)作戦記録画 油彩
- 5. 原爆の図 第2部 火 再制作版/丸木位里・俊(1950-51年)紙本彩色
1. 「民族協和の国」『満州グラフ』第8巻第1号、1940年1月

「民族協和」(五族協和)が満州国建国のスローガンであった。五族とは和 ・朝・満・蒙・漢を意味する。このグラビアだと中国人が1人にまとめられ、代わりにロシア人が入っている。
感想
元々日本の領土でないところに国を作り、傀儡政権を置いて「五族協和」だなんて主張するのは無理な話だ。先住民を制圧して「ほかの民族が仲良く暮らせる国」を作ったアメリカと同じことをやろうとしたんだなーと思った。
中華の代表になっているチャイナ服の女性は李香蘭。中国生まれ、戦争中は中国名で活躍した日本人の俳優だ。
『ミュージカル李香蘭』を以前に観たことがあるんだけど、あれはどんな話だったのか、もう一度観たい、知りたいと思った。
2. 古い通り/リウ・カン(1950年)油彩

リウカンは中国生まれ、シンガポールで活躍したアーティストだ
描かれているのはシンガポールのショップハウスで、1階が店舗、2階が住居。マレー半島のチャイナタウンに見られる独特の建築様式だそうだ。日本占領の後、廃墟になり、1階部分が空洞になっている。
感想
この絵を見たとき「私は、日本の侵略戦争を真に理解していなかった」と気づいた。
別の絵のキャプションに「シンガポールは3年、日本の占領下にあった」と書いてあった。この時期に、日本がどこの国のどの地域を占領したか、私は正確な範囲を把握していないし、時期もよく知らない。知識があいまいなのだ。そんなことでいいのか。
日本は沖縄をのぞけば、直接の戦場になったわけではない。あくまでも他国を侵略して、兵士を送り、そこで戦っているわけ。戦争末期になるまで、ほかの国が戦場として攻撃を受け、多くの民間人が傷つきレイプされた。罪深いことだ。
しかも、私はそれを詳しく知らないんだから。こっちが知らなくても、やられたほうは子々孫々までずっと覚えているはず。
もっと、知らなくちゃいけないと思った。
3. 香港島最後の総攻撃図/山口蓬春(1942年)作戦記録画 紙本彩色

4. 哈爾哈河畔之戦闘/藤田嗣春(1941年)作戦記録画 油彩




哈爾哈(ハルハ)川は、満州国とモンゴル人民共和国の国境にあたり、日ソが衝突したノモンハン事件の舞台となった。
作品の発注者は司令官であった荻州立兵という人物で、ノモンハン事件で戦死した部下の慰霊のために藤田に依頼して描かせたという。
感想
藤田は従軍したわけではなく、あとから話を聞いて資料を集め、描いたのだと思うが、画家はすごいなと思った。
草原の緑と空の青の対比が鮮やかで、とても戦場を描いたものとは思えない美しさがある。迷彩服にネットと草を背負った兵士の顔つき、動きの臨場感がすごい。遠景に黒煙が上がっているところも。
4mもある長い絵の、どこを切り取っても美しい。
「こんなに美しく描いたらいけない」と思うのは、今だから思うことで、戦争中は絵描きも戦争に加担させられ、不本意なこともやらされただろうし、藤田はほかに2点あったが、どちらも泥にまみれたおどろおどろしい絵だった。
先に挙げた香港島の絵と、この哈爾哈河の絵は特別に美しく、画家の手にかかればいくらでも戦争は美化できてしまうんだなーと、そのことをまざまざと見て、おそろしく感じた。
本人たちも葛藤しただろうし、表向きは軍部に協力しつつ、うそを描けない人は絵の中に批判的なメッセージを込め、せめてもの反抗をした人もいた。
そうしたところも丁寧に読み解き、批判の精神をもって作品を集め、紹介したのが今回の展示だ。本当にすごいものをいくつも見た。
5. 原爆の図 第2部 火 再制作版/丸木位里・俊(1950-51年)紙本彩色




広島生まれの丸木位里と妻の俊、2人のアーティストによる作品。
屏風に赤と黒だけで表現された、炎に焼かれる人々の図だ。
敗戦後の絵画ではひとりの人間としての輪郭を失い、肉塊あるいは肉片と化した人間像がしばしば描かれた。これらを「肉体絵画」と呼ぶそうだ。
感想
一目見て、こんなにおそろしく、むごいものをアートとして昇華できることに衝撃を受けた。
でも『ゲルニカ』もそうだった……。こどもが見たら泣きだすだろう。人間が生み出したこの世の地獄が描かれている。
この絵を見るためだけでも、来る価値がある。ものすごい力を持った絵だ。
あとで調べたら『原爆の図』は三部作になっていて、後期は、入れ替えでここに再制作版の『水』が展示されるようだ。
オリジナルの『原爆の図』は、埼玉県の丸木美術館に収蔵されているらしい。
原爆の図 丸木美術館 | Maruki Gallery For The Hiroshima Panels
現在貸出中のものもあるが、8月24日以降に展示される。
丸木美術館は2025年9月28日をもって全面改修工事のため長期休館予定。期日までにぜひ訪れたい場所だ。
このアーティストのことを知りたいし、ほかの作品も見たい。